でもいくら貯まったら満足できるの?

そのオーバーワークは何のため?
現代は人手不足もあってか、残業が常態化しやすい。
もちろん昔から残業はあったけど、現代とは残業する理由が変わってきているんじゃないかと思う。
昔は働いた分、労働者に還元されやすかった。(聞いた話です)
拙者からしたら、現代は一人当たりの業務量が過剰になって残業を余儀なくされているように感じる。
もちろん収入を増やすために残業したいという人もいる。
ただここで考えてほしい。
給料を増やすこと自体が目的になっていないか?
労働時間を増やして得た報酬は、差し出した時間、気力、労力に果たして釣り合っているだろうか?
もっと稼ぐ!だけではなく、何を得て何を失っているのかにも目を向けるべきなんだよ。
その時間を
- 家族と過ごす
- 遊びに行く
- 趣味をする
- 疲労の回復に使う
- 学びに使う
に使うことだってできる。
その追加収入を得るために、あなたは楽しい時間を過ごせるであろう時間をどのくらい差し出していますか?
お金も大事だけど支払ったコストと天秤にかけてみよう。
その話を深くしている過去記事がこちらになります。
一番危ないオーバーワークの理由は、周りもしているからだ。
周りがしているから、自分もしないといけないのか?
周りがしているからといって、自分まで同じようにする必要はないはずだ。
もちろん、仕事には繁忙期もありますし、どうしても対応しなければならない業務もあるのも事実。
それでも残業が常態化しているなら会社のシステムの問題が大きい。
業務量が多いなら、会社(経営者)へ相談する必要もある。
雇用されている以上、会社側が仕事を割り振る立場ではあるが…
だからこそ、働く側も
「これくらいならできるけど、この量は難しい」
と、自分の状況を伝えることも重要ではないか?
周りに合わせて働き続けるのではなく、自分にとって適切な労働量はどれくらいなのか?
一度、そのオーバーワークについて考えてみよう。
今もらっている給与に不満ある?
今もらっている給与に不満があるか?
- 業務量と釣り合ってないと感じるから
- そもそも給与が安いから
- もっと稼ぎたいから
が思い浮かぶはず。
これ以外に
- 他人と比較して低いと感じているのか
- SNSや周囲の年収を見て「もっと稼がなきゃ」となっていないか
と外部と比較による欲求もある。
これはネットで外の世界が見えてしまった弊害でもあるけど、果たしてその不満は自分の内なる欲求なのか?と分けて考えるべき。
外部が理由なら、上には上がいるから終わりなきラットレースに巻き込まれて消耗するだけ。
そのラットレースに豊かさは感じにくいし、しんどいだけ。
仮に今もらっている給与で生活ができるのなら、十分な可能性だってある。
その「もっと欲しい」は、何を基準にしていますか?
結局、満足も不満も、自分の中に基準がないことで発生するものだと思っている。
- 給与がいくらなら生活ができるのか?
- どんな暮らしができれば満足か?
- 満足できる生活にはいくら必要か?
この3つの基準を外部と切り離して、一度自分で作ってみるといい。
自分の中の基準ができると、本当にもっと稼ぐ必要があるのか?と冷静に考え直すことができるようになる。
そしてもう一つ考えてみてほしいことがある。
あなたは、資産がいくら貯まったら「もう十分だ」と思えるでしょうか?
あなたは資産いくら貯まったら満足できますか?
あなたは、いくら資産があれば『もう十分』と思えますか?
そして仮に、その金額に到達した後も、今と同じように働き続けたいですか?
今貯金している人に聞きたい。
100万円貯まったから次は200万円。
次は…次は…と終わりはあるのでしょうか?
実は拙者も資産を増やすのが好きでしたが、終わりなき闘いで資産が増えても満足することはなかったです。
資産が増えたのに、満足できないって皮肉な結果でしたよ(苦笑)
数字が増えるのは嬉しいけど、やはり人間の欲求には際限がないと感じた次第だ。
例えばですが、300万円貯まったら生活防衛として十分といったみたいに、自分なりの終点を仮置きする。
これは仮でいいし、到達したあとに余力があるなら次は500万円!と進めばいい。
もう満足なら、未来のための貯金は一旦置いておいて、今を楽しむためにお金使うのもアリ。
もちろん人生なんてその時々で変わるから、後から修正すればいい。
家族が増えるかもしれないし、仕事が変わるかもしれない。欲しいものや大切にしたいことが変わることもあるから。
大切なのは、「永遠に貯め続ける」のではなく、一度「ここまでで十分」と区切ってみること
もう十分とブレーキが踏めるようになると、今までお金のために差し出していた時間、気力が返ってくるようにもなる。
人それぞれ業務量や責任はあるとしても、有給を使って旅行に行くことに以前よりも罪悪感を感じにくくなるかもしれない。
だってその業務量は、自分が望んだ量じゃないわけだし。
満足できると自分がコントロールできないものへの執着も減っていくようになる。
- 他人がいくら稼いでいるか?
- 会社からどう評価されるか?
- 周囲がどれだけ働いているか?
そうしたものよりも、自分はどうしたいのかを基準に考えられるようになるからだ。
実は拙者も経験していて、満足できると他人の評価よりも自分の基準で物を見るようになった。
- どのくらい働くか?
- お金をどこまで増やすか?
- 何に時間を使うか?
などなどと、考えられるようになると、自分の人生の主導権が戻ってきたみたいで嬉しいですね。
というより、今まで考える余裕がなかっただけな気がする…
答えは、人それぞれだけど一度立ち止まって考えてみてほしい。
あなたにとって、「もう十分」と思えるのはどんな状態でしょうか?
自分の中のブレーキを探してみよう!
まとめ
働き続けなければ生活できない
↓
働く
↓
お金を使う
↓
また働く
↓
さらに生活水準が上がる
↓
もっと働く
そうすれば、少しずつだけど自分が働くことだけに頼らず、資産が資産を生み出す状態を作っていけます。
資産が増えてくれば、「働き続けなければならない」という状態からも徐々に距離を取れるようになる。
- この仕事量は本当に必要なのか?
- これ以上働く必要はあるのか?
- もっと自分の時間に使ってもいいんじゃないか?
徐々に労働から距離を取れる状態にできますように。


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